2026年ミラノ・コルティナダンペッツォオリンピックで、大阪府出身の若き女子モーグル選手、藤木日菜選手が世界の舞台に立ちました。
かわいらしいルックスも話題の藤木日菜選手。
今回は、そんな藤木日菜選手のプロフィールから家族構成、そして実家についてwiki風にまとめてみました!
目次
藤木日菜のwiki風プロフィール
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出身は大阪府阪南市。
海と山に囲まれた自然豊かな地域として知られています。
その阪南市で生まれ育った藤木日菜選手について、まずは基本的なプロフィールからご紹介していきましょう。
藤木日菜選手は、2001年4月17日生まれの24歳。
大阪府阪南市という、海と山に囲まれた自然豊かな地域で生まれ育ちました。
現在、武庫川女子大学大学院健康スポーツ科学研究科に在籍する現役大学院生です。
日本を代表するフリースタイルスキー・モーグル選手として、世界を舞台に戦っています。
2026年3月に修了見込みで、競技と学業を両立させながら、五輪という大舞台に挑みました。
その努力は計り知れません。
スキーとの出会いは2歳の頃。
父と兄の影響で、物心つく前からコブ斜面に親しんでいたのです。
本格的にモーグル競技に取り組み始めたのは中学1年生から。
そこで才能が開花しました。
オフシーズンは大阪でウォータージャンプを中心に練習。
インシーズンは海外遠征や北海道で雪上トレーニングを積む生活を続けてきました。
15歳で全日本選手権に出場。
2021年のジュニア世界選手権ではモーグル9位、デュアルモーグル7位の成績を残しています。
2024/25シーズンからはFISワールドカップに本格参戦し、世界選手権出場とオリンピック派遣基準をクリア。
そして、2026年ミラノ・コルティナダンペッツォオリンピックを迎えました。
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女子モーグル予選1回目で65.89点(19位)、予選2回目で70.06点(19位)で決勝進出を果たしました。
決勝1回目では73.24点で11位。
本人は「少しミスはあったが思い切って行けて楽しかった」とコメントしています。
日本女子勢全員が決勝進出を果たしたが、上位8人には残れず準決勝敗退となりました。
新種目の女子デュアルモーグルにも出場予定。
大阪府出身の同い年、中尾春香選手とペアを組みます。
プライベートでも仲が良い二人が、オリンピックでタッグを組むのはドラマのようです。
競技を通じて培った行動力、順応力、コミュニケーション能力を強みとしています。
企業就職を希望し、人と関わる職種に興味を持っているそうです。
アスリートとしてのキャリアだけでなく、その先の人生も見据えている姿勢は現実的で頼もしいものがあります。
藤木日菜の家族構成は4人?
藤木日菜選手を語る上で、家族の存在は欠かせません。
雪のない大阪から五輪選手を育て上げた家族とは、いったいどんな方々なのでしょうか。
藤木日菜選手の家族は、父・母・兄・本人の4人家族 です。
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引用元:読売新聞
他の兄弟姉妹の言及はなく、兄は1人だけ。
この兄こそ、日菜選手の人生を大きく変えた存在です。
兄の名前は藤木豪心。
日菜選手より5歳年上で、1996年生まれの28歳です。
イマトク所属で、サンテレビスポーツ部のディレクターとして阪神タイガース取材を担当。
二刀流の生活を送っています。
豪心さんも2026年ミラノオリンピックの日本代表選手 です。
兄妹揃っての五輪出場は、家族にとって最高の親孝行でしょう。
日菜選手が2歳からスキーを始めたのは、兄の影響でした。
常に兄を「追うべき背中」として見ながら成長してきました。
豪心さんは単なる家族以上の存在です。
競技人生に大きな転機がありました。
大学4年生の時、成績不振に悩み、競技を辞めたいと思ったのです。
モチベーションが低下し、限界を感じていた時、兄の豪心さんが救いの手を差し伸べました。
「お前なら絶対五輪に行ける」
この一言が、心に再び火をつけたのです。
兄妹の性格は対照的。
兄は負けず嫌いで豪快、妹は慎重で控えめ。
それでも、お互いを刺激し合い、高め合ってきました。
兄妹揃っての出場が決まった時、両親は「こんなうれしいことはない」と喜びました。
日菜選手は「五輪でも親が喜ぶところを見たい」とコメント。
家族全員で快挙を分かち合っています。
この兄妹を育て上げた両親の存在も大きいと言えるでしょう。
父・巌さん(スキーの師匠)
藤木巌さんは、2026年時点で59歳。
大阪府出身。
信州大学時代にスキーに出会い、モーグルに魅了されました。
子どもたちをスキーの世界へ導き、日菜選手にとっては「師匠」的な存在です。
その献身的なサポートが印象的です。
毎週末、大阪から長野県のスキー場まで片道8時間かけて送迎し続けました。
隔週末とはいえ、何年も続けるのは並大抵のことではありません。
子どもたちが2歳になるまでは背負って滑走していました。
モーグルを「世界一かっこいい」と教え、競技を始めるきっかけを提供したのも父でした。
巌さんの「絶対諦めない性格」が、兄妹の強さの源泉です。
大学時代、辞めたいと思った日菜選手を北海道チーム参加に勧めたのも父でした。
この決断が技術向上とモチベーション回復につながり、今の彼女を作り上げました。
父のスキー愛が二人の才能を開花させ、現在の成功へと導いたのです。
オリンピックでは妻とともに現地観戦。
娘が11位に入った瞬間、ガッツポーズで喜びました。
「楽しんで滑ってほしい。世界をびっくりさせてくれたら」
このエールから、結果よりも過程を大切にする父の温かい指導方針が伝わってきます。
母・美子さん(献身的なサポーター)
美子さんは2026年時点で56歳。
夫とともに家族を支え続け、オリンピックも現地で観戦しました。
子どもたちの競技生活を支え、兄妹出場を心から喜んでいます。
具体的なエピソードは少ないが、家族の絆を象徴する存在として支え続けてきました。
長年の週末送迎も、夫婦二人三脚で乗り越えてきたのです。
兄・豪心さん(同じく五輪代表選手)
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引用元:読売新聞
藤木豪心さんは、高校時代からワールドカップに出場していた実力者です。
平昌オリンピック、北京オリンピックと2大会連続で代表入りを逃し、悔しい思いをしてきました。
それでも諦めず、ミラノオリンピックで初出場を果たしました。
男子モーグルでは予選敗退となったが、デュアルモーグルでの挽回を誓っています。
妹の競技開始のきっかけを作り、辞めたい時期には励ましの言葉をかけ続けた兄。
競技と仕事を両立させながら五輪に立つ姿は、妹にとって大きな刺激です。
家族全員の影響を受けながら成長し、兄妹揃っての五輪出場を「両親への恩返し」と位置づけています。
「2人に楽しむ思い切り滑る姿を見せられたら一番いい」
この言葉から、結果以上に家族に喜んでもらいたい純粋な気持ちが伝わります。
スキー一家の藤木家は、全員で競技を支え合い、互いの存在がモチベーションです。
実家はどこ?お金持ち?
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藤木日菜選手の実家について、多くの方が気になっているのではないでしょうか。
雪のない地域から五輪選手を育てるには、相当な経済的負担があったはずです。
藤木日菜選手の実家は、大阪府阪南市にあります。
阪南市といえば、海と山があり、大阪府内とは思えないほど自然豊かな場所として知られています。
しかし、スキー場がありません。
その答えは、幼少期から週末ごとに片道8時間かけて長野県のスキー場(白馬村方面)まで通い続けた努力にあります。
オフシーズンには阪南市の体育施設でトランポリン練習を行い、大東市のウォータージャンプ施設も活用。
大学選択時、北海道も検討したが、地元愛と兄の存在で大阪に残りました。
関西国際空港の近さも、海外遠征に便利だったでしょう。
家族が競技を最優先し、送迎や練習環境を整えてきました。
その背景には相当な費用がかかっていたはず です。
交通費、海外遠征費、練習費用。
これらは莫大な金額になります。
経済的な余裕がなければ、この投資は難しいでしょう。
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しかし、単なる「金持ちだから」という話ではありません。
家族が娯楽や自分たちの時間を削って、子どもたちの競技に投資してきたのかもしれません。
阪南市の「青少年スポーツ奨励金交付制度」や、明治安田生命の「地元アスリート応援プログラム」といった支援制度も活用しながら、負担を軽減してきました。
父の巌さんが信州大学時代にスキーに魅了され、その情熱を子どもたちに伝えたことが全ての始まりでした。
週末ごとの長距離送迎を何年も続けるのは、なかなかできる事ではないでしょう。
それでもやり遂げたのは、お金があったからではなく、教育熱心さとスキーへの愛が深かったからです。
競技を「自分の力で」続ける姿勢を育て、家族の絆で乗り越えてきました。
そして、地元・阪南市もまた、藤木兄妹の活躍を全力で応援しています。
Instagramに地元からの熱いメッセージが寄せられ、2025年の世界選手権後、市長を表敬訪問。
五輪出場を目指す活動を報告しました。
地元愛が強く、トレーニングも大阪中心の藤木選手にとって、阪南市は単なる出身地以上です。
地域の誇りとして、これからも応援され続けるでしょう。
雪のない大阪から五輪へ。
それは、家族の献身、地域の支え、本人の努力が三位一体となった奇跡です。