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バックルームズ映画をネタバレ考察!ラスト&意味が分からない人向けに解説

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映画『バックルームズ』を観終わって、「結局、あの場所は何だったの?」となった人は多いのではないでしょうか。

黄色い壁、蛍光灯、どこまでも続く廊下。

それだけなら「不気味な異空間から脱出する映画」で終わりそうですが、本作は途中から人間の記憶やトラウマまで空間として再現し始めます。

さらに、クラークそっくりの怪物「キャプテン・クラーク」、人間のようで人間ではないStill Life、そしてラストに登場するもう一人のメアリー。

かなり意味深です。

 

ただ、物語を最初から順番に振り返ってみると、一見バラバラだった描写が少しずつつながってきます。

バックルームズは単なる迷路ではなく、人間の記憶から現実を不完全にコピーしている場所と考えると、多くのシーンが理解しやすくなるんですよね。

そして個人的には、この映画で本当に怖いのは怪物ではありません。

「つらい現実より、自分に都合のいい偽物の世界に逃げたくなる」。

そんな人間の弱さこそが、『バックルームズ』の一番怖いところだったように感じました。

ここからは物語を時系列で振り返りながら、分かりにくかったシーンやラストの意味を考察していきます。

 

※ここから映画『バックルームズ』本編の重大なネタバレを含みます。

 

 

 

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バックルームズ映画のストーリーをネタバレ考察

冒頭でナレンを襲った怪物は何だった?

映画は、1990年6月18日に撮影されたVHS映像から始まります。

Asyncの研究員ナレンは、黄色い壁と蛍光灯が続く奇妙な空間を探索中、仲間とはぐれてしまいます。

そこで彼を襲ったのが、背の高い人型の怪物でした。

しかも、その姿には海賊帽を思わせる特徴があります。

後半に登場するキャプテン・クラークを知ったあとで振り返ると、これはかなり重要な描写です。

 

作中で「冒頭の怪物=キャプテン・クラーク」と明言されるわけではありません。

ただ、海賊を思わせる外見などを考えると、少なくともキャプテン・クラークと同じ系統の存在として見るのが自然でしょう。

さらに気になるのは、クラークがバックルームズへ迷い込むより前から、その怪物が存在していたことです。

Asyncも、この時点ですでにバックルームズを認識し、調査していました。

つまりクラークが偶然見つけた謎の空間ではない。

人間側はすでに接触していたわけです。

この冒頭は、後半の怪物を先にチラ見せすると同時に、「この空間では、人間世界のイメージを思わせる何かが異形の存在へ変化する」という不気味なルールを匂わせていたのかもしれません。

クラークはなぜバックルームズに戻った?

家具店「Cap’n Clark’s Ottoman Empire」を経営するクラークは、店の地下で偶然バックルームズへの入口を発見します。

普通なら、一度落ちて生還できた時点で二度と近づきたくないところです。

ところがクラークは戻ってしまう。

ここが、この映画を理解するうえでかなり重要です。

当時のクラークは、現実世界で追い詰められていました。

家具店の経営はうまくいかず、妻とは離婚。

かつて建築家だった自分の人生も思い描いたものとは違い、酒にも頼っていました。

 

一方でバックルームズは、恐ろしい場所なのに妙な魅力があります。

自分がこれまで知っていた現実のルールが通用しない。

仕事も離婚も失敗も、そこでは関係ありません。

クラークにとってバックルームズは、いつしか「閉じ込められる場所」ではなく、現実から逃げられる場所になっていったのではないでしょうか。

だから、もう一度入る。

最初は「証拠を見つけたい」という理由だったとしても、物語が進むほど彼自身があの空間に引き寄せられていきます。

この時点ですでに、クラークは出口ではなく入口を探す人になっていたんですよね。

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ボビーとキャットを襲ったのは誰?

クラークは店員のキャットと、その恋人ボビーを連れて再びバックルームズへ入ります。

そこでボビーはロープを使って急な通路を降りていき、海賊帽のような姿をした怪物に襲われます。

その後、クラークとキャットも空間へ引き込まれ、バラバラに。

キャットの声は聞こえるのに姿が見えない。

さらに後には、彼女のものと思われる頭部まで登場します。

かなりショッキングな展開です。

 

ただ、キャットを誰が殺したのかについては明確に描かれていません。

クラークが冷蔵庫から頭部を取り出すことから、彼が関与したのではないかという見方もできます。

ただし、それだけでクラークが殺したと断定することはできません。

むしろ不気味なのは、バックルームズへ長くいるほど「誰が人間で、誰がコピーで、何が本当に起きたのか」まで曖昧になっていくことです。

目の前のものを信用できない。

声すら信用できない。

その不確かさそのものが、バックルームズの恐怖になっています。

Still Lifeは何をコピーしている?

バックルームズの中でクラークが遭遇する、人間のような姿をした存在がStill Lifeです。

でも、人間そっくりというわけではありません。

顔や体はどこか崩れていて、動きも不自然。

まるで人間を知らない何かが、「人間ってたぶんこんな感じだよね」と記憶だけを頼りに作った模型のように見えます。

これがバックルームズの性質を考える大きなヒントです。

作中では、家具、道路標識、店舗、住宅など、現実世界に存在するものが何度もコピーされます。

 

ところが、どれも微妙におかしい。

反転していたり、形が崩れていたり、本来そこにあるはずのない場所へ置かれていたりします。

Still Lifeも同じなのでしょう。

人間そのものをコピーしているというより、バックルームズに入った人間が持っている「その人の記憶」を材料に、人間らしきものを再現していると考えると分かりやすいです。

だから完璧な人間にはならない。

バックルームズが知っているのは、本物の人間ではなく「誰かの頭の中に残っていた人間」だからです。

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「窓を開けた。もう戻らない」の意味

バックルームズに残ったクラークは、メアリーへ「窓を開けた。もう戻らない」という趣旨のメッセージを残します。

一見すると前向きな言葉ですよね。

しかし、ここにはかなり強烈な皮肉があります。

メアリーはセラピーを通じて、クラークに現実と向き合うよう促していました。

「窓を開ける」という言葉も、本来なら閉じこもった状態から外へ出ることを意味します。

ところがクラークが選んだのは逆でした。

現実の窓を開けるのではなく、バックルームズへの入口を開いてしまった。

 

つまり、

「現実と向き合うために外へ出る」という言葉を、「現実から完全に逃げる」という意味にすり替えてしまったわけです。

このねじれ方が、いかにもクラークらしい。

自分は変わった。

自分は一歩踏み出した。

そう思っているけれど、実際にはもっと深く閉じこもっている。

だから「窓を開けた」という言葉が、希望ではなく恐怖に聞こえてくるんですよね。

食堂にいた偽物の家族は何を表している?

メアリーがようやくクラークを見つけると、彼はStill Lifeたちと食卓を囲んでいました。

その中には、別れた妻を思わせる存在までいます。

ここで見えてくるのが、クラークがバックルームズに求めていたものです。

彼が欲しかったのは、ただの逃げ場所ではなかったのでしょう。

自分を否定しない世界そのものが欲しかった。

現実の家族なら怒ります。

失望もします。

「あなたにも原因があったのでは?」と痛いところを突いてくるかもしれません。

でもStill Lifeなら、それをしない。

そこにいるだけです。

だからクラークにとっては都合がいい。

ただし、それは家族ではありません。

自分の記憶から作られた、反論してこない偽物です。

クラークが作り上げた食卓は幸せな家庭の再現に見えて、実際には自分以外の人間が一人も存在しない世界とも言えます。

孤独から逃げた先で、もっと完全な孤独を作ってしまった。

この食卓は、その象徴だったのではないでしょうか。

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キャプテン・クラークの正体は?

そして本作最大の謎ともいえるのが、巨大なキャプテン・クラークです。

クラークが家具店のCMで演じていた海賊キャラクターが、異形の怪物となって現れます。

なぜクラーク自身ではなく「CMの中のクラーク」なのか。

ここが面白いところです。

キャプテン・クラークは、クラークが人前に見せていた「作られた自分」です。

陽気で、自信満々で、店の顔として振る舞う人物。

現実のクラークとは大きく違います。

メアリーとのやり取りによって、クラークは自分の失敗や責任から逃げ続けていたことを突きつけられます。

そこで現れたのが、巨大化した「偽物の自分」。

そしてクラークは、その存在を恐れるどころか受け入れようと近づいていきます。

ところが最後には食べられてしまう。

この展開はかなり象徴的です。

現実の自分を受け入れず、都合のいい自分像へ逃げ続けた結果、その偽物の自分自身に飲み込まれた。

そう考えると、クラークの最期は単なるモンスターによる死亡シーンではありません。

むしろ彼の生き方そのものが、怪物という形になって襲ってきたように見えます。

怪物に食べられたというより、自分自身に食べられた。

なんとも嫌な結末です。

メアリーの過去と「手形」が意味するもの

後半になると、バックルームズはクラークではなくメアリーの記憶まで再現し始めます。

ここで物語の雰囲気が大きく変わります。

メアリーは幼い頃、外の世界を恐れる母親によって家の中に閉じ込められるような生活を送っていました。

窓は新聞紙で覆われ、外とのつながりを断たれていた。

その過去を象徴するものが、子どもの頃に残したコンクリートの手形です。

バックルームズは、その記憶まで空間として再現していきます。

つまりクラークだけをコピーしていた場所が、今度はメアリーを読み始めた。

それでもメアリーは、クラークと同じ選択をしません。

過去の中にとどまらず、脱出しようとする。

 

そして最後には、その手形を武器にして怪物へ立ち向かいます。

ここがクラークとの大きな違いでしょう。

クラークは過去から逃げるために偽物の世界へ入り、メアリーは過去の記憶を抱えたまま外へ出ようとした。

トラウマを消したから強くなったのではありません。

自分の過去だったものを、自分を守るために使った。

手形が単なる小道具ではなく、メアリーの生き方そのものを表しているように見えるのはそのためです。

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バックルームズ映画のラストを考察

メアリーは本当に現実へ脱出できた?

キャプテン・クラークから逃げたメアリーは、最終的にAsyncのスタッフによって救出されます。

その後、Asyncの施設でフィルから事情を聞かれることに。

ここだけ見れば、メアリーはバックルームズから無事脱出したように思えます。

ただ、映画はそんなスッキリした終わり方をしてくれません。

メアリーが「家に帰れるのか」と尋ねても、フィルは自分には決められないという態度を見せます。

さらに、施設の窓から見える外の景色にも、どこか現実離れした違和感が残ります。

 

そして決定的なのが、その後の映像です。

バックルームズ内部にはメアリーの記憶から作られた場所が残り、最後にはメアリー自身を模したStill Lifeまで登場します。

そのため、少なくとも「何も問題なく現実へ帰ってハッピーエンド」とは言えません。

個人的には、メアリー本人はAsyncに救出されたと考えるのが一番自然だと思います。

ただし、彼女のすべてが帰ってきたわけではない。

メアリーの記憶はバックルームズ側にも残されてしまった。

そんな結末ではないでしょうか。

最後に現れたメアリーのStill Lifeとは?

ラストに登場するメアリーのStill Lifeは、本作全体のルールを決定づける存在だと思います。

それまでバックルームズは、メアリーの幼少期の家や書店、Asyncの取調室らしき場所までコピーしていました。

つまり彼女が内部を移動する間に、空間はどんどんメアリーの記憶を取り込んでいたことになります。

そして最後にコピーされたのが、メアリー本人。

ここから考えると、Still Lifeは「殺された人間が怪物になる」という単純な存在ではなさそうです。

バックルームズが人間の記憶を読み取り、そこに存在する人物を不完全に再現したもの。

その解釈なら、メアリー本人が生きていてもStill Lifeが存在できることになります。

これが怖い。

普通のホラーなら、怪物から逃げ切れば終わりです。

でもバックルームズの場合、逃げ切っても自分のコピーが向こう側に残るかもしれない。

自分の家。

自分の思い出。

自分が大切にしていたもの。

そして、自分自身まで。

一度入った人間の記憶を材料にして、バックルームズが勝手に「もう一つの現実」を作り続ける。

そう考えると、ラストのStill Lifeは「メアリーは死んだ」という意味より、バックルームズがメアリーを覚えてしまったことを示す存在に見えます。

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Asyncの施設もバックルームズだった?

もう一つ考えられるのが、「メアリーはそもそも脱出できていないのでは?」という解釈です。

Asyncで事情聴取を受ける場面には、妙な違和感があります。

特に外の景色が平面的に見えることから、「ここもバックルームズが作った偽物の現実なのではないか」と考えたくなります。

さらにバックルームズ内部には、Asyncの取調室を思わせる空間まで現れます。

どちらが本物なのか。

映画は、そこを明確には答えてくれません。

ただ、ここは「Async施設も絶対にバックルームズだった」と断定するより、意図的に現実とコピーの境界を曖昧にしたラストと捉えるのがよさそうです。

なぜなら本作では、現実と偽物の違いが徐々に分からなくなること自体が恐怖として描かれているからです。

映画を観ている側も、メアリーと同じ状態にされている。

「ここ、本当に現実だよね?」

そう疑った時点で、もうバックルームズの仕掛けにハマっているのかもしれません。

バックルームズとは結局どんな場所なのか

人間の記憶から現実をコピーしている?

作中の情報をつなげると、バックルームズは人間の記憶を材料に、現実世界を不完全に再現する空間と考えると理解しやすいです。

クラーク自身も、あの場所について「現実を知らない存在が説明だけを聞いて作ったようなもの」と捉えています。

この感覚は、映画に登場するさまざまな物に共通しています。

家具はある。

道路標識もある。

人間もいる。

家も店もある。

でも、全部ちょっと違う。

これはバックルームズが現実世界を直接コピーしているのではなく、そこへ入った人間の記憶越しに現実を見ているからではないでしょうか。

人間の記憶そのものが、そもそも完璧ではありません。

昔住んでいた家を思い出しても、壁紙の細部や廊下の長さまで正確に覚えている人は少ないでしょう。

バックルームズがその曖昧な記憶を設計図にしているとしたら、少しずつ間違っているのも納得できます。

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なぜ少しずつ「間違った現実」が作られる?

ここは本作の怖さと、インターネット発祥のBackroomsという題材がきれいにつながる部分です。

バックルームズに登場する場所は、完全な異世界には見えません。

むしろ「知っている気がする場所」ばかりです。

オフィス。

廊下。

店。

プール。

住宅。

蛍光灯。

どこかで見たことがある。

でも、どこだったか思い出せない。

この「懐かしいのに、自分の記憶とは一致しない」という感覚が不気味なんですよね。

だから黄色い部屋も怖い。

血まみれの壁や死体が並んでいるからではありません。

普通すぎるから怖いんです。

映画では、この感覚がクラークやメアリー個人の記憶にまで広がっていきます。

最初は誰にでもありそうな無機質な空間だったものが、だんだん「自分だけが知っているはずの場所」になっていく。

知らない場所に迷い込むより、自分の記憶が知らない場所に勝手に置かれているほうが、よほど気持ち悪い。

バックルームズが見せているのは、異世界というより壊れかけた記憶の中を歩く感覚なのかもしれません。

バックルームズにいる怪物はどこから生まれた?

では、キャプテン・クラークをはじめとする怪物はどこから生まれたのでしょうか。

映画は、その仕組みを完全には説明していません。

そのため、ここからは作中描写をもとにした考察になります。

一つ考えやすいのは、怪物もStill Lifeや建物と同じように、人間から取り込んだ情報が歪んで実体化した存在だということです。

キャプテン・クラークが、その分かりやすい例です。

元になったのは、家具店のCMでクラークが演じていた海賊キャラクター。

それをバックルームズがコピーすると、巨大で不気味な怪物になった。

人間から見れば「海賊の格好をした陽気な店主」でも、意味を理解せず外見だけ再現すれば、あんなものが出来上がっても不思議ではありません。

だから怪物たちは、最初から「悪意を持ったモンスター」として存在しているわけではないのかもしれません。

 

バックルームズが現実を理解できないまま再現した結果、人間にとって怪物にしか見えないものが生まれてしまう。

そう考えると、この世界そのものが巨大な生成装置のようにも見えてきます。

しかも材料にされるのは、そこへ迷い込んだ人間自身の記憶。

逃げれば逃げるほど、自分が怖がるための材料を相手に渡しているようなものです。

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バックルームズ映画を観て感じた本当の怖さ

『バックルームズ』を最後まで観て、個人的に一番怖かったのは「出口が見つからないこと」ではありませんでした。

現実よりバックルームズのほうが居心地よくなってしまうこと。

ここが一番ゾッとします。

クラークは、無理やりバックルームズに閉じ込められ続けたわけではありません。

一度、現実へ戻っています。

それなのに、また入った。

現実に戻れば、経営難も離婚も、自分自身の失敗も待っています。

バックルームズなら、それらと向き合わなくてもいい。

さらに自分を責めない家族まで用意してくれる。

もちろん全部偽物です。

でも、人間って「本物か偽物か」だけで居場所を選ぶわけではないんですよね。

つらい本物と、心地いい偽物。

追い詰められているとき、後者へ行きたくなることはある。

クラークが恐ろしいのは、特別に弱い人間だからではなく、その気持ちに少しだけ理解できる部分があるからだと思います。

 

そして最後には、そんなクラークの理想化された姿ともいえるキャプテン・クラークが彼を食べてしまう。

自分を守るために作った「都合のいい自分」に、最後は自分自身が飲み込まれる。

かなり皮肉な最期です。

一方のメアリーも、決して過去から自由な人ではありません。

幼い頃に閉じ込められていた記憶を持ち、その記憶をバックルームズに利用されます。

それでも彼女は、そこに残ることを選ばなかった。

しかも最後に手に取ったのは、過去を象徴するコンクリートの手形です。

クラークは過去から逃げるために偽物の世界へ入り、メアリーは過去を抱えたまま現実へ戻ろうとする。

 

この対比で考えると、『バックルームズ』という映画の見え方がかなり変わります。

黄色い迷路から脱出できるかどうかだけの話ではない。

人間は、苦しい現実と向き合うのか。それとも自分に都合よくコピーされた世界へ逃げ込むのか。

その選択を、ホラーという形で見せていたのではないでしょうか。

そしてラストでは、メアリーが脱出したあとにも彼女のコピーが残ります。

ここがまた嫌なんですよね。

人間は過去を乗り越えたからといって、過去そのものを消せるわけではありません。

記憶は残る。

傷も残る。

自分の中にあった「もう一人の自分」だって、完全には消えてくれない。

それでも外へ出ることはできる。

そう考えると、メアリーのラストは不気味でありながら、クラークの結末とは少し違って見えます。

 

バックルームズから本当に脱出する方法は、出口を見つけることではないのかもしれません。

偽物のほうが楽だと分かっていても、それでも現実へ戻ること。

クラークとメアリーを分けたのは、そこだったように思います。

だから映画館を出たあと、普通の廊下や蛍光灯まで少し不気味に見えてしまう。

バックルームズはスクリーンの中にある黄色い迷路ではなく、誰の中にもある「ここから逃げられたら楽なのに」という気持ちに、そっと入口を作る場所だったのかもしれません。

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