2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピックで金メダルを獲得し、日本中に感動をもたらした三浦璃来(みうら りく)選手。
木原龍一選手との「りくりゅう」ペアの活躍は、もはや日本フィギュアスケート史に刻まれるものとなりました!
でも、彼女のことを調べていくと、「実家がお金持ちらしい」「父親が会社社長だとか」という話が出てきて、気になった方も多いのではないでしょうか。
13歳という若さで単身カナダへ渡り、厳しい練習生活に耐えてきた背景には、家族の存在が大きく関わっているようです。
今回は、三浦璃来選手の父親の職業や家族構成、そして「実家はお金持ち?」という噂の真相まで、できるだけわかりやすく掘り下げていきたいと思います。
目次
三浦璃来の父親は三浦オート社長?
三浦璃来選手の父親は、三浦雄次郎(ゆうじろう) さんというそうです。
兵庫県西宮市上甲子園に拠点を置く「株式会社三浦オート」の代表取締役社長を務めており、自動車整備・販売を柱とした地元密着型の企業を経営されているとのこと。
会社が設立されたのは1961年11月のことで、今から60年以上も前になります。
資本金は1,000万円で、事業内容は新車・中古車の販売、車検、点検、修理、板金塗装、自動車保険の取り扱いと幅広く、いわゆる「街の頼れる自動車屋さん」を体現するような存在です。
グーネットピットなどの自動車情報サイトにも掲載されており、地元での認知度はかなり高いようですね。
さらに興味深いのが、地元の上甲子園1丁目福祉会の公式ホームページに、璃来選手が「三浦オート社長のお嬢さん」として紹介されているという事実です。
地域の福祉会というのは、ある意味でその地域の「人間関係の縮図」のようなものです。
そこで名前が出るということは、雄次郎さんが単なるビジネスマンではなく、地域に根ざした信頼ある存在であることを物語っているのではないでしょうか。
璃来選手自身のインタビューでも、「心置きなくカナダに送って頂けて」という言葉が出てきます。
この一言に、父親としての雄次郎さんの人柄と、娘の夢を真剣に受け止めた覚悟がにじんでいるように感じられます。
実家がお金持ちと噂される背景には、この「会社社長である父親」という確かな事実があります。
フィギュアスケートがどれほどお金のかかる競技かはのちほど詳しく触れますが、それを長年にわたって支えられるだけの経済基盤があるということは、やはり一般家庭とは異なると言えるでしょう。
ただ、単に裕福というだけでなく、60年以上続く老舗企業として堅実な経営を続けてきた点も、雄次郎さんの人物像を語るうえで欠かせないポイントだと思います。
三浦璃来の家族構成と妹のエピソード
璃来選手の家族は、父・雄次郎さん、母・由理子さん、そして5歳年下の妹・鈴音(すずね)さんという4人家族です。
出身地は兵庫県宝塚市で、自然にも恵まれた落ち着いた環境で育ちました。
兄弟(兄や弟)の存在については、どのインタビューや記事でも一切触れられておらず、璃来選手は長女として妹ひとりと共に育ったようです。
競技者として、家族はまさに「縁の下の力持ち」として機能してきました。
13歳で単身カナダへ渡り、コロナ禍では1年4カ月もの間帰国できない日々が続いた。
そんな過酷な状況を乗り越えられたのも、家族の支えがあればこそでしょう。
以下では、それぞれの家族について詳しくご紹介します。
①父親:三浦雄次郎(三浦オート社長)
雄次郎さんは、冒頭でも触れたように「株式会社三浦オート」を率いる実業家です。
表舞台に出ることはほとんどなく、メディアに登場する機会も限られていますが、その存在感は璃来選手の言葉の節々ににじんでいます。
フィギュアスケートは、衣装・コーチ料・海外遠征など多岐にわたる費用が毎年かかります。
一般的にシニア国際レベルの選手であれば、年間700万円から1,000万円以上かかるとも言われています。
それを長年にわたって支えてきたのが、まさに雄次郎さんの事業なのです。
「お嬢様」というイメージが璃来選手に付いて回る理由の一つは、こうした経済的なバックボーンにあるのかもしれません。
ただ、裕福さをひけらかすようなエピソードはなく、むしろ家族でお寿司を宅配して楽しむという微笑ましい日常が語られています。
堅実な人柄が、事業と家族の両方を支えてきたのでしょう。
正直、こういう「静かに支える父親」のエピソードって、なんだか胸に来るものがあります。
②母親:三浦由理子(精神的支柱)
由理子さんの職業は公表されていませんが、璃来選手の精神的な支えとして何度も語られる存在です。
13歳の娘を異国に送り出すというのは、どれほど心細く、不安なことだったか。
それでも由理子さんは、璃来選手の夢を最優先に考え、背中を押したのです。
特筆すべきは、由理子さんと木原龍一選手との関係です。
由理子さんは木原選手のことを「龍一くんを信じているから、ビシバシやってください」と語り、怪我の際には「何かあっても私ではなく、龍一くんの味方をするんですよ」と笑顔で言い放つほど。
この言葉には、木原選手をパートナーとして、そして家族のように信頼する由理子さんの人柄が出ていて、読んでいてこちらまで温かくなります。
また、木原選手の母親と連名でお惣菜ブランドへのお礼の手紙を送り、「りくりゅうの母」と署名したエピソードも有名です。
二つのファミリーがまるでひとつのチームのように動いている。
璃来選手が「りくりゅうのペアは家族みたい」と語る土台には、こうした親同士の絆があるのでしょう。
ちなみに璃来選手は2026年の会見でも、木原選手との関係について「ご想像にお任せします」と明言は避けながらも、同時引退の覚悟を語っており、家族的な絆の深さが改めて伝わってきました。
③妹:三浦鈴音(5歳下の仲良し姉妹)
妹の鈴音(すずね)さんは、2026年現在19歳前後。
そして実は、「鈴音」という名前を付けたのは璃来選手自身なのです。
幼い頃から「しっかりお姉さん」として振る舞ってきた璃来選手らしい、微笑ましいエピソードではないでしょうか。
2021年、コロナ禍でカナダから1年4カ月ぶりに帰国した璃来選手が驚いたのが、妹の身長でした。
出発前はほぼ同じだったのに、久しぶりに会ったら完全に追い越されていた。
思わず「デカ!」と叫んだというこのエピソード、なんとも姉妹らしくて思わず笑ってしまいます。
ちなみに璃来選手の身長は146cmと小柄なので、妹の鈴音さんが追い越しているのは十分ありえる話です。
2026年、璃来選手の金メダル獲得後にはSNSで姉妹の再会写真が話題となり、「仲良し姉妹すぎる」「どちらもかわいい」とファンの間で大きな反響を呼びました。
璃来選手自身も、「ゴールデンスラム達成の原動力になった」と家族の支えを振り返っており、鈴音さんの存在が璃来選手の海外生活の「心の拠り所」となっていたことがよくわかります。
離れていても、家族の絆というのはちゃんと力になるものなのだと、改めて感じさせてくれるエピソードです。
実家の経済力と「お嬢様」の噂
フィギュアスケートは、国内でも屈指の「お金のかかるスポーツ」として知られています。
衣装は1着15万円前後が相場で、競技によっては数着必要となります。
靴とエッジを合わせると20万円以上、年に2〜3回は買い替えが発生します。
複数のコーチをチームで抱えるシニア選手の場合、コーチ料だけで年間570万円前後(チーム制の場合)かかるとも言われており、リンク代や振付費、遠征費まで含めると数字はさらに膨らみます。
海外を拠点にする璃来選手のような選手であれば、現地生活費まで加算され、年間総額が1,000万円を超えることも珍しくないのです。
元フィギュアスケート選手の高橋成美さんも、ペアスケートは「基本的に赤字」であることを証言しています。
世界で活躍する選手ほど、競技費用を支えてくれる経済的な基盤が不可欠だということです。
三浦家の場合、その基盤が「三浦オート」という60年以上続く老舗企業というわけです。
雄次郎さんが事業を安定して続けてきたからこそ、璃来選手は経済的な心配をせず、競技に全力を注ぐことができた。
「実家がお金持ち」という噂は、悪い意味での誇示ではなく、こうした現実的な裏付けから来ているのでしょう。
そして、13歳という年齢でカナダへ単身渡航できたという事実も、経済力だけでなく精神的な余裕をも物語っています。
親御さんが不安定な状態では、とても子どもを異国に送り出せるものではありません。
安定した生活基盤と、娘の夢を信じる気持ちの両方があってこそ、実現した選択だったのではないでしょうか。
璃来選手は2026年のオリンピック金メダル獲得後、報奨金の使い道について「家族のために使いたい」と語っています。
報奨金の総額はJOC・連盟からの1,400万円に加え、所属する木下グループからの2,000万円も加わり、総額3,400万円にのぼるとされています。
木原選手も同様に「苦労をかけた両親にプレゼントしたい」と言葉にしており、両選手ともが家族への感謝を真っ先に口にしたことが印象的でした。
ちなみに璃来選手は「化粧品以外の物欲はないけど、国内旅行に行きたい」と語り、木原選手は「ボードゲームを買いたい」とのこと。
互いへのプレゼント案としてウイスキーやコスメを挙げ合うあたり、本当に仲のいい二人だなと微笑ましくなります。
金メダリストでも、こういう等身大の会話ができる関係性って素敵ですよね。
フィギュアスケートの世界では、選手が表舞台で輝く裏に、長年にわたって費用を捻出し、精神的にも支え続けた家族の物語があります。
三浦璃来選手の場合、その物語の中心には、黙々と会社を経営し続けた父・雄次郎さんの姿があるのでしょう。
表には出ないけれど、確かに娘の夢を支えてきた、静かな力強さ。
金メダルはひとりのものではなく、家族全員で掴んだものだと言っても、決して過言ではないと思います。